虱の記

高熱量低脂質。

恋の壁(『her 世界でひとつの彼女』 感想)

とてもよかった。面白かった。

 


曰く、「自分の殻にこもった」ことで妻に出ていかれた男が、新開発されたOS(AI)と恋に落ちる……っていうあらすじだけ聴くと、ナードやギーク、もしくはオタクが主人公の映画という気がしてしまうが、そういうわけでもない。だって、そもそも舞台は人々が常に耳にインカムをつけて、AIに音声で指示を飛ばし、情報を得ながら暮らしているような世界(時代)だ。だから電車の中では乗客がみな、中空にむけて喋りつづけている。こちらからすりゃかなり異様。

 


そんな世界なので、AIはだいぶ身近な存在らしい。主人公が「新しい恋人はAIだ」とカミングアウトすると、周囲は「マジ!?サイコーじゃん!」「今度ダブルデートしようぜ!」などと反応する。これを異常ととるかこの世界の正常ととるかは人によりけりかもしれないが、おそらく後者だと思う。というかそう見た方が楽しくないですか。でないと、終始「うわぁ〜」と思いながら見ることになってしまいますよ。

 


AIというのが固定観念を呼び起こしてしまう。姿形も見えない、どこにでもいてどこにもいない高次の情報存在との、それはそれは真剣な交際だと見るととても切ない映画だ。お互いの存在のあり方の違いをどうにかして埋めようとする2人の様は見ていてもどかしくすらある。

 


ホアキン・フェニックスは『ザ・マスター』でもそうだったように、塞ぎ込んだ微狂人の演技が上手すぎる。声だけでサマンサを具現化したスカーレット・ヨハンソンもあっぱれ。キャサリンがリスベットとは気づかなかった。